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キングメーカー問題について

この記事のまとめ
・キングメーカーの意思決定にも理由があるよね。
・でもその理由って、「各自勝率を最大化すべし」ってので説明できないよね。
・しかもその理由って感情的なものになりやすいよね。ギークは感情嫌いだよね。
・だからキングメーカーが<問題>になるんじゃないかな。


定義(Wikipediaより)
ゲーム(主にアナログゲーム)においては、敗者(たいていの場合大敗者)による、思慮に欠けるプレイの結果、上位争いをしている当人と無関係のところで勝者が入れ替わったり、逆に勝者を確定させたりした場合に(不名誉な称号として)このように呼ばれる事がある。それが無意識であれば次第にゲームへの参加に難色を示す参加者が増えるであろうし、意識的であればそれは八百長でありゲームそのものを台無しにする行為である。

 この記事はプレイヤー視点から見ます。
デザイナーとして「キングメーカー問題に不快感を覚える人がいるからキングメーカー局面を作らないように設計しよう」と考えるのは素晴らしいと思いますよ、はい。
また、勝利を重要視するいわゆる「ガチ勢」を対象にします。エンジョイ勢は誰が勝とうがそんな気にしないはずだし。


 キングメーカーは、批判的にとらえられています。理由としては、
1.勝者の勝因が別のプレイヤーの行動になり、「このプレイングが良くて勝てた」という理由付けがし辛い。我々は結果に対して理由付けするよう遺伝子レベルで刻み込まれているので、理由づけできないのは不快である。
2.キングメーカーによって負けさせられた人が不合理感を覚え、不快感を得る。
3.上記2点が予測できるため、キングメーカーも不快感を得ることがある。
あたり。この記事ではこれら3点に対して「キングメーカーの意志決定には理由がある」ことから、勝利にこだわるガチ勢こそ「キングメーカー問題を呑んでその理由を分析するべきだ」という結論を示す。

 キングメーカーの意志決定にも理由はあります。例えば、あなたの直前の手で勝ちの芽がなくなったキングメーカーが報復であなたを負けさせたとしても仕方ないでしょうし、もっと言うなら、あなたに報復する可能性が高い人物をキングメーカーにすることはミスです。勝利を求めてやまない真のガチ勢なら、キングメーカーに文句を言うより、自分がキングにならなかった理由を分析しプレイングミスを指摘する方が、以降のゲームの勝率が高くなると思いますよ(露骨な利益誘導)。
 正確には「キングメーカーの意志決定に理由がない」のではなく、「キングメーカーの意志決定に理由があってはならない」のが問題です。それは、その理由がキングメーカーの感情によるものだからです。ガチ勢にとって、感情はボードゲームから排さなければならないのです。理由は2点あり、プレイヤーを一切感情を挟まずに自分の勝率を上げることだけを考えて行動するホモ・エコノミクス的なものとする暗黙の了解があるのが1点、ボードゲームガチ勢(より正確にはギーク)が感情を扱うのが嫌いというのがもう1点です。ホモ・エコノミクスの世界に惹かれてやって来たガチ勢は、ただでさえ意思決定の理由に勝率以外の要素が入るのを嫌うのにましてやそれが大嫌いな感情ですから、全力で排斥したいわけです。
 これは「プレイヤーをホモ・エコノミクスとする」と定義して、その定義で説明できないキングメーカー問題を批判しています。これ、おかしくないですか?現実にキングメーカー問題があるから、「プレイヤーをホモ・エコノミクスとする」という定義を改めるのが筋じゃないですか?

 そこで、現実にあるキングメーカーの意志決定を考えます。キングメーカーの択としては
1.全力で頑張って可能な部分まで得点を伸ばす
2.自分をここまで追い詰めた相手に延々と報復する
3.ひたすらターンエンド
4.1位のプレイヤーに貢いでとっととゲームを終わらせる
(
キングメーカー問題というのがあるそうな
より)
が挙げられてます。個人的にはこれら4つすべてに合理性を見出せますし、何よりも(ガチ勢にとって)重要なのは、これら4つすべてに対策が存在します。1なら相手の手を読めますし、2なら自分に報復するプレイヤーをキングメーカーにしなければ良いですし、3ならそれを前提に考えれば良いですし、4なら多少細くても最速ルートを取ればよいです。問題はキングメーカーがどのタイプかですが、これに関しては人を見る眼を磨いてください。ギークが一番苦手なやつですね。

 勝率を上げるというホモ・エコノミクス的立場からすると、キングメーカー時の行動は2の報復になります。以降のゲームでの勝率が上がることが期待できます。ボードゲームには「このゲームで行われたことは以降の一切に影響しない」という暗黙の了解がある気がしますが、現実に反してますよね。


 なんか「元のツイート群書いた方が分かりやすいのでは?」って気になったのでそうしよう。

キングメーカー問題が<問題>視されるのは、現実では感情を用いて判断しているのに、感情を排した形で判断理由を考えるから(orその人が感情を排した世界にしたいと思ってるから)。

ギークがボードゲームをする場合、彼らはそこに感情を排した世界を見て魅力を感じてるから、世界がキングメーカーという感情にまみれた意思決定で汚されるのを嫌う。

真のリアリストはキングメーカー問題が発生した時に担ぎ上げられる可能性まで考えてゲームをするだろうし、その結果キングメイクされて勝つ確率が高いならそれは彼の実力である。

「これミスった」「こっちの方が良かった」は認識できる実力、「アイツ何故か上手い」「<いつも>運が良い」は認識できない実力。 キングメーカー条件では認識できない実力が効いてくるが、これを実力と認めないと実力が結果に反映されないという"問題"になる。

へそくり仮面のギミックに気づかない人はへそくり仮面を回されても「運が良い」と感じ「実力がなかった」とはならない。 同様にキングメーカーの判断決定基準を(分からないから)ランダムと<定義>する人は、キングメイカーに負けさせられても「実力がなかった」とはならない。

計算不可能なほど複雑な"ゲームの世界"を処理するための「直観」「センス」は良いが、計算不可能なほど複雑な"現実の世界"の一面である感情の処理を要求する「キングメーカー問題」は問題である。 ギークは他人の感情を理解できないし理解しようとするの嫌いだからね、仕方ないね。

理性だけの世界を求めてゲームしようにも、身体に引きずられて判断に感情が入り込むのを許してしまう。 「身体が覚えてる」「口では嫌嫌言ってても身体は正直だな」ってやつ。
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テーマ : ボードゲーム
ジャンル : ゲーム

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